Save the 下北沢

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下北沢問題年表

下北沢問題年表

2003年
1月31日 「小田急線地下化(変更)」と「補助54号線(高架→地上型に変更)」「区画街路10 号線(駅前ロータリー)」が都市計画(変更)決定
年末 “Save the 下北沢”立ち上げ
2004年
3月27日 くるりが“Save the 下北沢”に賛同表明
5月 世田谷区が「下北沢駅周辺地区街づくり計画」策定
5月1日 “Save the 下北沢”駅前で街頭署名開始
5月25日 曽我部恵一が“Save the 下北沢”に賛同表明
11月 「下北沢駅前周辺地区・地区計画骨子案」が発表される。下北沢で高層化を誘導する再開発が行われようとしていることが明らかになる。
11月 下北沢地域及びその周辺の交通量調査
※専門家による指導のもと、“Save the 下北沢”で、下北沢周辺地域の交通量調査を行いました。その結果、微量ではありますが、この地域の交通量は減少しているということが明らかになりました。
年末  “下北沢フォーラム”発足
※専門家・学者等による、都市計画に関する専門家のグループです。専門的な視点からの、調査・報告・情報提供などの活動をしています。
http://shimokitazawa-forum.net
2005年
1月 世田谷区 地区計画の骨子案説明会
(北沢タウンホールにて3回開催)
3月 “下北沢フォーラム”世田谷区に意見書提出
3月 世田谷区 地区計画骨子案をそのまま素案にして説明会
4月 「Switch」が下北沢特集 全国に波及 駅前本屋で売れ続けた
6月 曽我部恵一らによる“The sound of shimokitazawa”
「SOS」CDを発売開始
6月 “Save the 下北沢”1万人署名と交通量調査を
東京都と世田谷区に提出
7月 「シモキタらしさ発見」シンポジュウム開催。記念冊子の発行。
「Save the 下北沢 Night Vol.1」開催
8月 “Save the 下北沢”「かわらばん」を地区内商店に配布開始
9月 クリチバ市元市長・国際建築家協会元会長ジャイメ・レルネル氏来訪
10月 下北沢問題が「朝日新聞」夕刊で一面トップ記事に
10月 “下北沢フォーラム”「市民アンケート」に着手
10月 ハーバード大学デザイン学部大学院生たち、下北沢を課題にして来日。慶応大学と合同で小田急線跡地代替案を作成(2006年1月発表へ)
10月30日 『風の人シアター Save the 下北沢』
※「風の人」(年齢やジャンルも超えた表現者の集まり)と“Save the 下北沢”のコラボレーション・イベント
11月2日  「シモキタ解体」シンポジウム開催(タウン誌「ミスアティコ」主催)
11月 学術研究会「江戸東京フォーラム」が下北沢で開催 都市計画・建築家による街歩きの会などが頻繁に開催される
12月 下北沢の商業者が、計画見直しを求めて“54号線の見直しを求める下北沢商業者協議会”を旗揚げ。
下北沢の約1500店舗のうち510店舗が加盟(地権者を多く含む)。地元商業者を代表して要望書を提出するため、世田谷区長に面会を申し込んだが、一切返答がないまま越年。
※“下北沢商業者協議会”は、下北沢で音楽文化を創造して来た“Lady Jane”の大木さんを中心に結成されました。“Save the 下北沢”の広報活動などにより、下北沢問題の重大さに気づいた商店主たちが、自分たちの問題として発言するために発足致しました。
http://www.shimokita-sk.org
2006年
1月18日 パレード『世田谷区長に要望書を渡しに行こう!』世田谷区町に面会を求めてデモ。区長は不在を理由に面会に応じず。(下北沢商業者協議会)
1月 複数の市民団体および大学院による代替案の発表
1月 “下北沢フォーラム”による市民アンケートの集計結果発表
※http://shimokitazawa-forum.net/archive/
2月12日 世田谷区長宅に郵送で要望書を提出。(下北沢商業者協議会)
2月18日 坂本龍一が“Save the 下北沢”に賛同表明
3月21日 『まもれ シモキタ!』パレード(Save the 下北沢)
※「下北沢の新規道路を前提とした都市計画にNO !」という意思表示をするための音楽パレード。「渋さ知らズ」などが出演。350人強が参加。この様子は当日のNHKのニュースでも速報された。
3月 世田谷区 事業認可申請を延期する
(2006年度までに認可としてきた)
4月9日 “下北沢フォーラム”市民代替案の発表
専門家による「市民代替案の支持・緊急アピール」
※http://shimokitazawa-forum.net/archive/
5月23日 世田谷区都市計画審議会(「原案」の報告=いつの間にか原案になっていた)8名の委員より、進めかたについて異議発言。ラウンドテーブル設置を委員が提案
5月26日 北沢タウンホールにて地区計画原案説明会(世田谷区主催)
大荒れになるが行政は説明会は成立したとみなして以後の手続きを進める
※この説明会により、市民の意見には一切耳を傾けず、頑に計画通りに事業を進行させようとする世田谷区の態度が明確になりました。
6月15日 “下北沢商業者協議会”が世田谷区長と直接面談。
区長は再開発計画の見直しを求める要望への結論が出次第、直接“下北沢商業者協議会”に回答すると約束。
世田谷区熊本区長 記者会見にて、原案の推進を表明
6月19日 地区計画原案についての意見縦覧期間終わる
6月末 下北沢を舞台に学術系アート&研究イベント「アーバン&カルチュラル・タイフーン」開催
7月31日 世田谷区が「補助54号線」の事業認可を都に申請
8月26日 ヴィム・ベンダースが“Save the 下北沢”への賛同を表明
9月 世田谷区長室から“下北沢商業者協議会”に対し、面談の場を設定しないと一方的に通告
9月7日 “まもれシモキタ!行政訴訟の会”が提訴
※下北沢の住民や商業者を中心に、行政(東京都・国)を相手に、下北沢の街なみを破壊し、生活・商業・文化に大きな打撃をあたえる「補助54号線」や「駅前ロータリー」(区画街路10号線)など、下北沢地区の再開発計画全体の違法性を問い、その見直しを実現することを目指して東京地方裁判所に提訴致しました。
“まもれシモキタ!行政訴訟の会”
http://www.shimokita-action.net
9月23日 キャンドルライト・デモンストレーション(Save the 下北沢)
※補助54号線の予定地にある、世田谷カトリック教会で賛同者アーティストによるライブを行ったあと、ろうそくに灯をともした参加者たちが、下北沢の町にそのろうそくを手にして再開発計画の見直しを訴えるという、静かなデモンストレーションを行いました。約550人が参加。
10月13日 “セイブ・ザ・下北沢”、“まもれシモキタ!行政訴訟の会”と連名で「『下北沢駅周辺地区 地区計画』に関する請願書」を提出
11月15日 賛成誘導の真相究明を求めた請願、世田谷区議会で不採択になる
10月17日 下北INSIST! (下北沢商業者協議会)
※都市計画審議会で現状のままの「事業計画」が承認されることを危惧し、あまりにも強引な再開発計画の抜本的見直しを求める、サウンド・パレードで、下北沢から世田谷区庁舎までアピールをしました。
10月18日 補助54号線の事業認可が東京都からおりる
同日に世田谷区都市計画審議会にて地区計画案の答申が出る。 意見書の反対多数&世田谷区の誘導文書問題で、後に東郷会長は審議会を辞任。辞任のいきさつは後に「東京人」で東郷会長のインタビューで掲載される
11月16日 東京都都市計画審議会が用途地域変更の答申を出す。意見書は350通提出されており、用途地域変更への賛成意見はゼロ。
※賛成意見書がゼロであったにもかかわらず、反対意見書を出した人以外は賛成者である、との行政の強引な解釈のもと、下北沢地域の「用途地域変更」を行政側の計画通りに認可しました。このことにより、下北沢に高層ビルを建築することが可能となってしまいました。
11月20日 第1回口頭弁論
※東京地方裁判所103号大法廷で行われました。
2007年
1月29日 第2回口頭弁論
※前回と同じく、103号大法廷で行われました。この日は原告席及び傍聴席ともに超満員となり、下北沢問題への関心は高いということが、裁判所側にも伝わったと思われます。
4月8日 東京都知事選挙
※下北沢問題にも言及していた浅野史郎さん、現職の石原都知事に敗れる。
4月22日 世田谷区長選挙&区議会議員選挙
4月23日 第3回口頭弁論
※同じく、東京地方裁判所103号大法廷で13時15分開廷。
  2007年4月19日現在

 


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