
“Save the 下北沢”に賛同を表明して頂いている方達のメッセージです。
(敬称略/頂いた順)
下北沢を拠点に活動しているフーバーオーバーというポップでロックな4人組バンド に惚れたのがシモキタを知るきっかけでした。初めて訪れた時に感じた下町センスと、きれいなビーズが無数に入った木箱のような 街並みに感動し、今では毎週のように足を運んですっかり虜です。 「歩いて楽しみ続けられる」という他に類のないまちづくりを尊重し、シモキタらしい再開発を行ってほしいと思います。 下町や観光地の再開発におけるモデル都市に!!
■プロフィール
お笑いと芸人に魅了され、企画・構成にチャレンジし始めたばかりのヒヨっ子作家
ブログ:http://hune49.exblog.jp/
僕は中央線人でして、新宿経由で町田の大学に通っていましたのでよく降りて遊びました。ちょうど80年代の演劇ブームもあり「われらの時代の街」という感覚があります。金子賢三さんもおっしゃっていましたが、人が自分の速度で歩ける町、という気がします。区画整理された場所ではなく、川の尾根道に沿って出来た迷路のような空間は魅力的です。慣れないうちは、いつも迷ってしまいました。「駅前」がいっぱいあって距離感がわからなくなってしまうんです。でもそこを極めれば「通」になれる!という、引き込まれる魅力がありますね。
■プロフィール
批評家をしていますが世の中の動きだけではなく、人が風景から感 じ取るものは何かを考えたりしています。春秋社から出ている『情緒論 〜セカイをそのまま見るということ』の中の取材原稿でSave the 下北沢の金子賢三さんや、下北沢の映画を作った信藤三雄さんからお話を伺いました。そこに住んでいない。たとえ通りすがりのような関係であっても、失いたくないものに関しては、主体的になっていいんだと教えられました。まさに意識革命ですね。
「切通理作の部屋」:http://www.gont.net/risaku/krdsh.shtml
著書:『情緒論 〜セカイをそのまま見るということ』(amazon)
様々な人々の生活が年輪のように
積み重なっている町並み。
一度壊してしまったら、
取りかえしがつかないのに。
■プロフィール
1959年生。ギタリスト、ターンテーブル奏者、映画音楽家
http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/
古くて味のある町が再開発の犠牲になるのはもう嫌です 。行政側は必ずもっともらしい説明をして、住民の声を一応聞いた上で結果的にその声を無視し 、予定通りの企画を実施します。うちの近所でも同じでした。
反対するのももどかしくなってきますが、 それでも下北沢の皆さんを応援します。経済より大切なものがあり ますから。
■プロフィール
1951年ロンドン生まれ。74年に来日し、音楽系出版社勤務を 経て、『ウィークエンド・サンシャイン』(NHK FM)、『バラカン・ビート』(インターネットラジオOTONa Mazu)、『CBSドキュメント』(TBS系)などブロードキャスターとし て活動中。著書に『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社)などがある。
僕自身は今高円寺に住んでいるのですが、企画開発に参加する「ナタリー」が下北沢にあることもあって、下北も頻繁に訪れています。
高円寺と下北は若者が集まる街として比較されることが多いですが、どちらも本当の意味でユースカルチャーが根付いている東京の中でも数少ない希有な街だと思います。
街を均質化させる都市計画がもたらすものは、こうした街から生み出される「ライブ」なユースカルチャーの減退に他なりません。貴重な「文化」を殺さないために、考えなければいけないことはたくさんあるはずです。
■プロフィール
1973 年東京都生まれ。音楽業界やコンテンツ全般、ネットカルチャーなどを軸に新聞、雑誌など多数の媒体に原稿を執筆する傍ら、下北沢でネット時代の新しい音楽ポータルサイト「ナタリー」を立ち上げる。主な著書に『だれが「音楽」を殺すのか?』(翔泳社)など。
音楽配信メモ:
http://xtc.bz/
利便性重視の生活の先に何があるんだろう。
壊すのは一瞬。
判断を誤らないでほしい!!
■プロフィール
1982年生まれ。OL兼役者。
石神井童貞少年團:http://syakujiicherry.nobody.jp/
小田急線の経堂、喜多見に20年以上住んだことから、下北沢の1970年代から親しんだ街区がいつまでも残って欲しいと思っている。
■プロフィール
インドネシア、東部のレンバタ島における伝統捕鯨文化を研究。木造船で手投げ銛を用いてマッコウクジラを獲る人間たちの営為を伝えている。
いつまでもこのままでいることの良さを伝えてください。
■プロフィール
北海道に生まれ、下北沢に来る。
デザインを通し乍らも下北沢を愛し、愛され24年。
僕はネパールの千年以上の歴史を持つ、カトマンズ盆地、南側のパタンという下町に生まれ育ちました。町中が親戚と知り合いで、いつも人情あふれる町です。
僕が初めて下北沢に来たのは7年ぐらい前、バンドメンバーに連れられ、ライブ会場探しのためでした。うちのバンドはライブハウスよりもレンタルスペースを借りて、自分達で全てを準備し、ホームパーティースタイルでライブをやっていたのですが、下北沢にちょうどいいスペースがあったのです。
初めて下北沢を歩いたとき、カトマンズのThamelという町に着いた感覚で、初めてなのに懐かしい感じがしました。僕だけじゃなく、世界のどこの人でも、地元の下町に近い雰囲気、懐かしいと思える町だと思います。それから何年かして、縁があって、友人のカフェを運営することになりました。その一年間は僕の日本生活のなかで、色々と重要な出会いをした期間でした。毎日、毎日下北沢にいて、下北沢中に友達と知り合いが増えて、地元に近い感覚でした。知り合いのカフェ、レストラン、バー、本屋、ライブハウスなど、色々といつもどこかで誰かと会える日々でした。今は湘南に住んでいるのであまり下北沢にいけないですけど、今の下北沢の姿が変わる? 正直、なんで? と強く思いました。
日本は流行もなんでも速い。特に東京は常に世界一のスピードで動いている感じがします。日本中から、いや世界中から若者やいろんな人が集まっても、東京のスピードと関係なくゆったり出来るのが下北沢の一番の魅力だと思います。地元の古い商店街や路地裏、これらが下北沢から消えてしまったら、ネパール生まれの僕だって淋しいです。時は過ぎて、変わっていくのは自然だけど、誰かの都合で強制的に変えられるのは、はっきりいって嫌です。ネパール語で「ビスターリビスターリ」(ゆっくりゆっくり)という言葉があります。僕は「ビスターリビスターリ」の下北沢が変わらないことを心から祈っています。
■プロフィール
1976年、ヒマラヤの国ネパールのカトマンズに生まれる。幼いころから西洋音楽に影響を受け、音楽を始める。1996年、留学のため来日。自分のルーツであるネパールの音楽と、影響を受けた西洋音楽をミックスした新しいスタイルを目指す。
bobin official blog:http://bobinblog.seesaa.net/
TOKYOは嫌いじゃない。
下北の路地を歩きながら、
レインボーゲートで唄いながら、
下北の街並みや人が
好きだから、
何となく想うこと。
或る人は云った。
「若い人に良い夢を残しましょう。」
沢山の夢追人が築いてきた街
「下北沢」で
今日もわたしは
あんな夢を見たり、
こんな夢を紡いだりする。
つまりは、どうかこの素敵な街を壊さんでおねがいってこと。
悪い夢は見たくないな。
■プロフィール
愛知県出身。1999年より名古屋にて音楽活動を開始。数々のバンド活動を経て、2005年よりechoとしてのソロ活動を始める。「日々の交流」をテーマにした、下北沢レインボーゲートでの路上弾き語りは、国籍、世代、性別を問わず、人々を魅了し、あらゆる交流をかわすこととなる。それと同時に、echoの世界観に共感する様々なサポートミュージシャンを交え、2006年より、ロフトを中心にライブ活動を開始。同年8月、SONG-CRUXよりリリースされた“コンピレーション'06夏”に参加する。そして2007年3月3日、CRUXレーベルより、バンド編成、セルフプロデュースにて臨んだ1st.ミニアルバム「♪melody」をリリースする。
Webサイト:http://www.yumeiroecho.com
20世紀は、日本にとって国家開発の100年でした。その過程で多くの旧くからあるものを失いましたが、代わりに、多くの新しい便益を得ることもできました。
しかし、これからの時代は状況が一変します。今在る貴重な資源(シモキタの街もその一つです)を失った後に、それを埋め合わせてくれるだけの新たな便益が生まれる保証などないのです。道路や広場さえ造っておけば街は自然に生成し、持続的な生活環境が再生されると考えるのは幻想です。道路はできたけれど、失われてしまった街や生活圏は日本中に存在しています。同じ失敗をシモキタで繰り返えさないよう頑張ってください。
■プロフィール
大学で建築を学んだ後、旧建設省、旧都市基盤整備公団等で都市・建築・住宅政策分野を担当。現在は、東京電力技術開発研究所で、生活者主体の安全・安心まちづくり、すまいづくりシステムに関する商品開発を担当。まちづくりの主体を官(公)から民(私)へ転換することがテーマ。したがって、まちづくりのツールも、官が行う道路整備を中心とした従来型公共事業から、生活者主体の新たなシステムへと転換することが課題。加えて、地球環境問題への対応も含め、成長拡大型の社会経済運営姿勢を、安定持続型のものへ大変革することもさらなる課題。
Webサイト : 主著『日本型魅惑都市をつくる』 [amazon]
街の「にぎわい」は、プランナーやイベント・プロデューサー、エコノミストなどが仕掛けただけで生まれるものではありません。お店の試みが客の心をつかみ、お客が集まることで新たな試みに挑戦する人が現れる。そうしたつながりが、商品だけではなく、店構えから街の景観、雰囲気にまで年月をかけて広がっていくとき、奇跡のように生まれてくるのです。
下北沢の一見したところたんなる雑踏や路地にしか見えない街には、そうしたつながりが壊れ物のように息づいています。
■プロフィール
街並みやにぎわいが、人と人のつながりや信頼の中から立ち現れてくる不思議に関心を持つ社会経済学者。浅はかな都市計画や机上で思いついただけのイベントは、つながりや信頼を「分断」すると考えています。
Webサイト :
http://homepage3.nifty.com/martialart/
この街の路地が好きだ。
若者のエネルギーに満ちた路地のざわめきの中を歩くと、ぼくは作家としてデビューする以前の自分を思い出す。深夜、仕事を終えて帰宅し、ひと風呂浴びると、髪を乾かす時間ももどかしく、家族の寝静まった台所のテーブルに向かい、憑かれたようにワープロのキーを叩いた。 それがやがて一冊の本になることなど想像もせず、寝る間も惜しんで一心不乱に書きつづけた。
物語を作ることへの、この訳のわからぬ情熱を、下北沢という街は思い出させる。こんな素敵な街、滅多にない。開発計画の推進者は、この街の魅力を台無しにしようとしている。なぜそのことに気づかないのか。
■プロフィール
1954年東京都出身。「ぴあ」編集者の傍ら小説を執筆し 、90年『ストリート・チルドレン』でデビュー。著書は『夜の果てまで』『ありふれた魔法』 『散る。アウト』『おいしい水』など多数。
Webサイト :「盛田隆二アーカイヴス」 http://morita-ryuji.hp.infosee k.co.jp/
若者が文化を発信していた池袋は、文化の消費地と化した。
六本木は外人と金持ちの街に堕した。若者は二度と戻らない。
下北沢は文化を発信する最後の若者の街だ。金の亡者に渡してはならない。 。
■プロフィール
1931年, 大阪生まれ。
著書に『バカモン!波平、ニッポンを叱る』。
芸歴は『サザエさん』(磯野波平)、『宇宙戦艦ヤマト』(徳川機関長/佐渡酒造)、『YAWARA!』(猪熊滋悟郎)、『風の谷のナウシカ』(ミト)、『スター・ウォーズ』(ヨーダ)、『ハリー・ポッターと賢者の石』(ダンブルドア校長)など。
学生時代から友人達が住んでいた街なので、よく行っていました。
下北沢独特の民家とお店が混在している雰囲気が好きです。
劇場も多く、若者の文化の発信地としての意義も大きいでしょう。
この街並みが消える事は、日本文化にとっても大きな損失となるでしょう。
■プロフィール
劇団☆新感線の役者。
Webサイト : http://kou-yu-kei.hp.infoseek.co.jp/
そろそろ 本当に 大切なこと
を考えないと
とんでもない国になってしまい
そうな 美しい国?日本
ですね。 もう。ておくれだと
シラケナイで
大切なモノが沢山のこっている
下北沢を………
大切に。
■プロフィール
1939年大阪府生まれ。イラストレーターとしてポスターや挿し絵で数々の賞を受賞するとともに、壁画制作、ライブペインティングなど幅広いアーティ スト活動を展開。
Webサイト : http://www.k-3.co.jp/
下北沢は、明らかに現在の東京で最も魅力的な街だ。
日本の都市政策が、この街の魅力を正しく評価し、余りに馬鹿げた道路計画にストップをかけることが、最後までできないと、そんな区政、都政は歴史の笑い者になるだろう。
「下北沢」を21世紀の都市のモデルとして打ち出していくことは、世代や立場を超えて大きな価値をもつはずだ。
■プロフィール
人々の集まりの場におけるドラマの形成について考えるところから出発しながら、近代化のなかでのポピュラー文化と日常生活、文化における政治をテーマに研究を展開している社会学者。
Webサイト : http://www.yoshimi-lab.org/
スズナリは私のおうち!!
下北は私のふるさと!!
いつまでもひらべったーい町であってほしいの!
■プロフィール
OFF OFFシアター・駅前劇場 ・本多劇場 ・スズナリ
1年中下北でお仕事してます。
救うな!守るな!生きろ!
■プロフィール
元JACK KNIFEリーダー。現在は下北沢にてダイニングバーをプロデュース。毎年バイクでギターを背負い全国の少年院をライヴツアーしている。
Webサイト : http://www.livemedia.co.jp/wwc/
よき街の姿は残しましょう。近郊都市のような風景は嫌いです。
■プロフィール
1983年プログレポップユニット「PINK」に参加、80年代を代表する音楽プロデューサー、キーボーディストとしての評判を確立。90年代にソロ・アルバムをリリースしてから、自ら「GOD MOUNTAIN」レーベル、アンビエントレーベル「GOD OCEAN」も立ち上げる。2003年から「GOD MOUNTAIN」をリニューアル、リリースを再開。2005年、ソロCD+DVD『意味のないものは、意味がある』を発表。現在はレーベルの主宰の他、世界中のネットワークを築いて多数のアーティストの活動にボーダレスなパフォーマーとして参加している。
Webサイト :http://k-mania.com/
下北沢には脱力出来るゆるさがある。
車もほとんど通らないし、空気も気持ちいい。
こんな街は珍しいので、じっくり考えて欲しいです。
日本人心の荒廃は、地域コミュニティの破壊からもたらされたのでは?
商店街には子供を見張ったり、育てたりする機能がある。大店舗にはそれがない。コミュニティを無視して正常な人間が育つとは思えない。今では日本に数えるほどしかない生きた商店街は、実は「命の歯止め」だ。
「美しき国」の未来のために、何が優先されるべきなのか、社会で、もう一度考え直していただきたい。
■プロフィール
1980年ハルメンズ「近代体操」でデビュー、86年よりパール兄弟「未来はパール」以降約10アルバム。2003年「宇宙旅行」で復活。2006年「ダークサイドにようこそ」03年仏でソロCD発売、2回仏ツアー。作詞家:モーニング娘「愛の種」他。主著書「歯科医のロック」。
Webサイト : http://www.saekingdom.com/
昭和の残像や、町の混沌や、人の人情を撮りたいとき、いくつかの地名と共に今、僕が住んでいる下北沢の町が浮かぶ。
利便性や安全性を考えるとき、こういう日本のタカラを壊さない別の方法があるだろうと思う。たとえばこのサイトで紹介されている代替案のように。
■プロフィール
プロデューサーを担当したものに、下北沢スズナリを舞台のひとつにした「タカダワタル的」、「ザ・ゴールデン・カップス・ワンモアタイム」、「不滅の男 エンケ ンVS武道館」など。

I love TOKYO very much, and came here countless times, but only since I know SHIMOKITAZAWA, I feel I know its most precious heart.
Destroying this most unique and lively and utterly sympathetic quarter would be unforgivable and a terrible mistake!
So I pledge wholeheartedly for the preservation of SHIMOKITAZAWA as it is.
WIM WENDERS
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私は東京をとても愛しており、
もう数え切れないほど訪れていますが、
"下北沢"という街を知ってから、
東京という都市の生命力の核心に、
はじめてふれたように感じます
個性豊かで活力にあふれ、とても親しみのもてる
この街を壊そうとするのは、許せないことですし、
恐ろしい間違いです!
私は下北沢が今の姿のままで残ることを
心から強く願います。
ヴィム・ヴェンダース
(※日本語訳はSave the 下北沢で作成)
■プロフィール
ヴィム・ヴェンダース - Wikipediaをご参照ください。
Webサイト : http://www.wim-wenders.com/
正直、下北沢なんてどーなったっていいやと思うこともあります。
でも、変わるにしても、やっぱり街には自然に変わってほしい。
下北沢は、特に。
■プロフィール
1963年東京生まれ。1998年より下北沢南口にて書店 「フィクショネス」開業。2003年 『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』で小説家デビュー。
Webサイト : http://www.ficciones.jp/
我が家の子は、夕ごはんまで、家の前の路地で近所の子らと遊ぶ 。大人は、誰もべったり自分の子を注視していないが、台所に立ちながら子どもたちの様子を気配で確認している。がちゃーんと音がしたら、だれかがとんでゆき 、よその子でも別の親が対応をする。そういう路地文化、風土みたいなものが、この下北沢には、路地ごとにある。
おしきせの緑や公園や、駅前の広々としたきれいなロータリーが子どもを守ってくれるだろうか。スクラップしたあとに用意されたセキュリティなどよ りはるかに、共同性のある地域。横につながりあうことを歴史として持っている地域 こそが、子を持つ親にとって大きな支えになる。
古くから育まれた共同性を断ち切る都市計画には、ひとりの親として、強く反対を表明したい。
■プロフィール
長野県生まれ。女性誌や書籍を中心に執筆。 著書に『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『かみさま』(ポプラ社)、『見えなくても、きこえなくても。』(主婦と生活社)、『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)など。
Webサイト : :「暮らしの柄」 http://www.kurashi-no-gara.com/
世田谷生まれ、世田谷育ちの私にとって、下北沢は大好きで大切な街。
これからもずっと、下北沢が、日本中、いや世界中から憧れられるような、魅力的で素敵な街並を保持するために。 無粋で強制的な大型道路計画で、この街の掛け替えのない魅力が、無惨に踏みにじられることの無きよう、心より祈っています。
■プロフィール
幻灯童話作家 美大日本画科卒業後、漫画家・イラストレーターとして活動。 『幻灯童話』と呼ばれる幻想的な独自の世界観の映像を表現する。
2005年10月 下北沢の大型道路問題に警鐘を鳴らす記録短編『Lovers at Shimokitazawa』でコダック「スーパー8賞」を受賞。『LUNATYCA FILM CLUB』代表。現在天然色8ミリ長編幻灯童話『ALBIREO』を制作中。2006年秋完成予定。
Webサイト : http://www.geocities.jp /hoshinomatsuri/
毎年、北沢音楽祭に出演させて頂いたり、下北在住でもあり 、下北沢の街を愛する者です。
再開発の話、とてももどかしく思います 。下北の何が好きかって聞かれたら、やっぱり「古いもの」が残っているってところなので 。色んなものが変わっていく中で、下北にいるとなんだか落ち着くというか。古き良きものに触 れられる様な気がして。下北独特のトキメキがなくなってしまうなんて事は本当に寂 しい事です。
微力ですが、できる限りの事をして守っていきたいです。
■プロフィール
ジャズ、スウィング、昭和歌謡、そういったテイストが入りつつ 、どこかあたらしく
斬新な楽曲が魅力のバンド「歌姫楽団」でボーカル、作詞 、作曲を担当。古き良きを愛する。北沢音楽祭など数々のライブイベントに参加。
Webサイト : http://www4.ocn.ne.jp/~utahime/
私の大好きな友人の女の子は、煙草を買う時、下北沢にある豊富な 種類を取り揃えた自動販売機が、ずら〜と並んだ八百屋に行きます 。しかし彼女は、販売機には向かわず、店の隅の一角にある煙草売り場で 、おばちゃんが接客で忙しくしていても、じっと待ち、おばちゃんの手を煩わせて、たった一箱の煙草を購入します。それは毎日必ず行われ 、私は少し離れた所からそれを見ている。
ある日どうしても不思議に思い 、彼女に「何故 販売機があるのに販売機で買わないその方が時間も短縮出来るし誰の手も煩わせない」と問うと、彼女は思いもよらなかっ たという顔をして、「おかしいのかな」と困惑してみせた。
その次の日から、彼女は販売機で煙草を買うようになった 。私のせいである。一つ、触れ合いを奪ったのだ。人も町も、それ自体が持っ ている本質を生かすも殺すも、どういう変化を外部が影響せしめるかなのか・・・、触れ合いの町が現在進行で急速に減っているなか 、触れ合いの塊のような下北沢を是非とも生かしてあげたいもんである。
■プロフィール
大阪十三出身。13歳の時、三井不動産の第6代目リハウスガールとしてCM出演。15歳で、金子修介監督「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995年)でスクリーンデビュー。2000年、「式日」(庵野秀明監督)では出演の他、原作も務める 。女優活動以外に、バラエティ出演や雑誌連載などで幅広く活動。
Webサイト : http://ayablue.com/
わたしには思春期の息子がありますが、都心の繁華街へ遊びにゆかせるのは、なんだか心配です。
その点、下北沢なら安心して送り出せます。成長期・思春期の子供を安心して送り出せる街が失われてしまうのは、現代社会にとって、なんという損失でしょう。
下北沢の街を、大人も子供も安心して遊べる街のままでいさせてください。
■プロフィール
歌人。第一歌集『紅い花』で第34回現代歌人協会賞を受賞。その作品は、文部科学省検定教科書の教材ともなっている。
Webサイト : http://www.geocities.jp /tatumilive/
おれは、下北沢、好きだよ。
下北沢だけじゃなくて、壊したらもう戻ってこないもの――時間と言ってもいいし、歴史と言ってもいいけど、そういうものってほんとうに大事だよ。無くしたらもう二度と戻ってこないんだよ。築地にしてもそう。
だから壊すな!
■プロフィール
1952年東京都出身 東京芸術大学大学院卒
'78年「千のナイフ」でソロデビュー。またYMOを結成し世界的な成功を収める。'83年の散開後、ソロ活動を本格化させ「戦場のメリークリスマス」、「ラス
トエンペラー」など映画音楽でも活躍。アカデミー賞他多数受賞。
Webサイト:http://www.sitesakamoto.com/
あの街が良くも悪くもスキなので、どの街でも少しずつ改善しいろいろな人が作ってきたその景観や営み、人々が失われてしまうのは寂しいと感じる。そしてもったいないと思う。
応援します !
■プロフィール
主に宗田佑介として歌を唄う。その他、ハゴロモ・サンセット、mother's tape、タブラカシ、で雑用などまかされている。今、下北沢off beatにてBazaarという催しを、企画運営中。
Webサイト:http://www.borokitchen.com
利便性だけを考えた計画には反対です。今回の計画は、そこに何十年も住んできた人たちの生活を脅かすものだし、下北沢に足を運んでいる人たちをも遠ざけるものだと思います。本当にそんな道路が下北沢に必要なのか。よく考えてほしいです。
Save the 下北沢、応援しています!
■プロフィール
魂を声にして、アコースティックギターを片手に都内で活動中です。心を持った人間として、大切にするべきは何か、それをテーマの中心として歌っています。
Webサイト:http://members.goo.ne.jp/home/salmon69/
無意味な道路計画を食い止める、成功事例を日本中に示しましょう。
■プロフィール
演劇の形式化を目指して12年になる劇作家
早稲田大学第一文学部ドイツ文学専修卒業。
Webサイト:http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/
北口の裏にある守山小出身で、ちっちゃな頃から下北で遊んできた自分としては、情緒豊かで風情のある楽しい街並みをなんとか守りたいです。まずは問題をよく知って、しっかり伝えていきたいと思います。
■プロフィール
JPC bandのメインヴォーカルとして活動する傍ら、単身でMCとDJもこなす。ジャングル、ドラムンベースの現場では国内外のDJと数多く共演しており、ダンスホール、レゲエのコンピに参加するなどソロ作品も多くリリースしている。
Webサイト:http://kazenohito.jp/
「下北沢」と聞くだけで、そこを歩いている気分になる。
歩きながら街の息遣いを感じられる、歩く速度で、目線の高さで、街の営みを確かめられる、そしてじっくり人と触れ合える。
そんな人間サイズの街、下北沢を高いビルとクルマに支配される無機質な冷たい谷にされたくない。
■プロフィール
「蘭賞」(俳句)・「新風舎・平間至写真賞優秀賞」他受賞。
著書に句集『楽想』(花神社)・写真集『光り輝く島SriLanka』
『浮輪の伝言』(新風舎)他。
映画『水宮の丘の上』他監督・脚本・撮影・製作。
Webサイト:http://takenamiakira.jp/
応援してます。
再開発、絶対するな、とは言わないけど、誰もが認めるシモキタの美点を根こそぎにするような、大昔の計画は、全くナンセンス!日本中に増殖している、のっぺらぼうの街はもう沢山!
僕のよく通う、下北のあるカフェのマスターは、再開発反対の意思表示をしたとたん、何者かに深夜、店の扉を壊される嫌がらせにあったそうです。大プロジェクトの陰には必ず利権絡みの汚ない思惑が渦巻いてるはず。いろんな人々の得意技を結集して街角を守っていきましょう!
■プロフィール
1960年生まれのマルチ奏者。10代から音楽活動を始め、25歳頃、チンドン屋の世界に 触れ、クラリネットを手にする。90年代に自己のグループを始動、シカラムータと命名(添田唖蝉坊の墓碑銘にちなむ)。
シカラムータでの3枚のアルバムのほか、セッション、サポート(ソウル・フラワー・モノノケ・サミットなど)で多くの録音、国内外の公演に参加。A・アイラーとH・アイスラーの間を入口に、日々音楽の根源へと放浪中。
Webサイト:http://www.cicala-mvta.com/
大学時代に下北沢に住んで以来、この町が大好きです。シモキタの良さは五差路、六差路のあるごちゃごちゃした賑わいで、そこから文化が生れています。その町を破壊する道路など言語道断です。
■プロフィール
本業のかたわら全国の居酒屋を歩き本に著す。
おもな著書『新精選・東京の居酒屋』『ニッポン居酒屋放浪記』『居酒屋かもめ唄』など。CSテレビ・旅チャンネルにて「ニッポン居酒屋紀行」ロングラン放映中。
私が住んでいたこともあり、大好きなお店や空間や人々がポジティブに生きている。 大好きな街、下北沢を案じています。がんばりましょう!
■プロフィール
Webサイト:http://www.geocities.jp/ruikoy/
人を棄て街を棄て想いを棄てさせ関係を断たせ歴史を棄てて故郷を消去してしまう想像を捨て去った人々から守らなくてはいけない物、事はあります。
壊されてたまるか。
■プロフィール
ベーシスト。渋さ知らズ小間使い。
下北沢に数年住んでいました。
Webサイト:http://webs.to/shibusa
下北沢は日本が世界に誇れる街文化。
ゴチャっとしていて暖かく、ちょっと怪しく奥深く、古いけれども新しい。
まるで街全体が大きなオモチャ屋さんみたい。
そんな街の文化を壊してしまう意味が僕にはさっぱり分かりません。。。
遊び場を無くした子供の気持ちが今日やっと分かった。
まったくさあ、冗談もホドホドにして下さいよ・・・
■プロフィール
アコースティック・ブルースバンド、Boogaloobのリーダー。AG/作曲担当。
2002年インディーズデビュー〜2003年、東芝EMIよりメジャーデビュー。
最新アルバム『ルナ』を持っての全国ツアーも終了し、日夜新作作りに励む。
Webサイト:http://www.boogaloob.com
僕は下北沢で育ちました。最も愛する町です。この町には、渋谷や新宿にはないゆったりとした空気が流れています。この町だけの空気があります。ここには大きい道路なんかは必要じゃないんです。大きいビルもいりません。ゆっくりのんびり歩けるこの町が、せわしなく時計の進む死んだ町に変わるのは見たくありません。
■プロフィール
楽しくなきゃ"音楽"じゃねぇ〜をテーマにリスナーの目尻を下げる事に至上の喜びを感じる"お祭りレゲエ"バンド「TEX & the Sun Flower Seed」のVocal。
Webサイト:http://www.trice.co.jp/tex/
六年前くらいから下北沢でライブをするようになった。
だけど、いまだに下北沢は緊張する町だ。
アクセスはしやすいが、俺にとっては格調の高い希有な町だ。
本当に仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうだから、どうかそのままでいてくれよ。
コヤマシュウ
今も昔も下北沢は憧れの街。新しく便利になるより、繁雑でごみごみしたこのままの下北沢を未来に残していくことこそ素晴らしいことだと思う。
マツキタイジロウ
東京の、いや日本の文化に対する自爆行為としか考えられない。勿体ないと思わないのかなぁ。
オカモト"MOBY"タクヤ
ライブを初めて見たのも下北沢、そしてライブを初めてやったのも下北沢。この先もきっとなにかと下北沢。だからこのステキな街を守ろう!
ナガイケジョー
■プロフィール
あらゆるものにREBELLしていく存在としての革新的精神を受け継ぐ稀有なバンド。シーンをスゥイングしていく存在、"SWINGIN'REBELL GROOVE"。'05年3月30日にはコンパクトアルバム『PLUS ONE MORE』をリリースし全国ツアー実施。
Webサイト:http://www.scoobie-do.com/
下北沢は演劇の街で、小ぢんまりとした雑多感がある。
下北沢の雑多感はここにしかない。
住宅街が基本になっているこの街を、わざわざビル街にする必要はない。
そこまでしなくなっていいじゃない。
街にいる人間は、勝手に変なことされないように、ちゃんと見てないといけない。
■プロフィール
漫読家。下北沢の路上で『マンガ読み屋』として活躍している。
私たちの大好きな下北沢の心の寄り所がなくなってしまったら、私たちは一体どこへ彷徨えばいいんでしょう?下北沢を奪われてたまるかー!みんなで一緒に守って行きたいです!!
■プロフィール
札幌市出身、145.3cm(>_<)主に下北沢・渋谷などを中心にライブ活動をしている。ギター・ピアノ・三線・ピアニカなど様々な楽器を使いながら癒し系ポップスを歌う、小さなシンガーソングライター。
Webサイト:http://homepage3.nifty.com/146/
下北沢駅周辺を大きく変えてしまう道路と駅周辺の開発計画があるとは!現在の商店街を分断する道路を造ったりしたら、今の下北沢の魅力は一辺に消えてしまいます。何処からそう言う発想が出てくるのでしょうか?税金を使って、多くの人達に愛されている空間を消し飛ばす行政とは、一体なんでしょうか?税金の無駄づかいと批判されても仕方が無いでしょう。
ちなみに僕の住んでいるスウェーデンのイェーテボリでも、現在、港周辺の幹線道路を地下化する工事が進行していますが、これまで在った幹線道路があった空間を、どの様にするかと云う問題がありました。イェーテボリ市では地元の新聞に、俎上に乗っている幾つかの計画を、完成図の形で掲載し、インターネットで住民の意見を調査する様な事までやっています。イェーテボリ駅、オペラ劇場に近いだけあって、イェーテボリ市の行政側もかなり慎重に、しかも周到に計画を進めようとしています。住民が「良かった!」「良くなった!」と云える様な事をするのが行政のあるべき姿では無いでしょうか?
本当に東京を住みやすい空間にしたいのならば、人々の心に「和やかさ」や「安堵感」を与えられる空間が必要です。下北沢はちょっと複雑だけれどコージーです。そんな空間は、国や都の行政の手では絶対創り得ないものです。行政が計画しても、今の下北沢の魅力は帰ってきません。行政が先頭に立って、せっかくある素晴らしい空間を、大切に守り育んで行くべきです。下北沢には立派な文化が育まれています。特に若い人達のパワーが強く感じられます。こういう住民の意思を、文字通り大幹線道路建設の名の下に踏みつぶしてしまう様なグロテスクな計画に断固として反対します。
■プロフィール
1952年、東京に生まれる。
1981年スウェーデンに移り住み、北欧を中心に音楽活動を始める。
多くの北欧の音楽家を日本へ紹介。北欧ジャズ・ブームの切っ掛けをつくる。
プロデューサーとしても活躍。北欧と日本の音楽交流に貢献している。
Webサイト:http://www.music-net-jp.com/morimusic/
まだまだ下北を満喫していないし、もっと「味わいたい」と思っているのに破壊されてはたまったもんじゃない。決して一時の感情や安易な同胞意識で言っているのではない。真の都市計画とは、都市が孕む「ストレス」から解放してくれる場所を確保することも含まれるのではないだろうか?下北は解放区とするべきだろう。
■プロフィール
レトロではない独自の「MOD観」で活動を続けるバンド、「The10」のソングライター/Vo兼G兼Key。
Webサイト:http://www.the10.tv/
大好きな街を壊されてなるものか!
てくてく歩いて何かを見つける街、
とぼとぼしょぼくれても誰かに逢える街、
愛する音楽に巡り会った街、
この街は生きているんだよ!
この街はふるさとなんだよ!
壊さないで!!!!
■プロフィール
ボイスアートの最先端にて、古き良き味わいの新しい音作りに励む。
NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」でわらべうた等歌唱。CM音楽ではクイーンと呼ばれ、600曲を手がける。“歌は力”を信じて生きる。
Webサイト:http://www.songbirds.ne.jp/sizzle/
Keep the FIRE!
■プロフィール
一音楽家。
Webサイト:http://www.five-d.co.jp/heatwave/
下北を練り歩くのが好きだ。下北のカフェでぼんやりするのも。一人で、あるいは誰かと。下北の様々な店を冷やかしてまわるのも好きだ。もちろん下北で飲み食いするのも。真昼であれ深夜であれ早朝であれ、ふいに下北の空を見上げるのも大好きだ。
だから他所に(時に外国に)住む友人が東京を訪ねて来た時は必ず下北沢に連れてくる。案の定、彼や彼女はみんな下北が好きになる。それまでは東京や日本にうんざりしていた彼や彼女でさえ表情を変える。それはきっと、日本の他の都市や街ではほとんど死に絶えてしまった魔法が、そう、コミュニケーションの魔法が、下北沢にはいまだに宿っているからにちがいない。
いいかげん私たち日本人は「利便性」の先に存在する「野暮」や「荒廃」や
「退屈」や「孤独」に自覚的にならなければならない。そして自分たちが社会を動かしてゆく力を有してるのだということにも。
環七みたいな道路? 冗談じゃないよ。
■プロフィール
1968年生まれ。職歴多数。
2002年、下北沢を舞台にした『アレルヤ』で第13回朝日新人文学賞受賞。
2005年、4月、第2長編『終わりまであとどれくらいだろう』刊行。
下北沢の街が、毎度おろかな行政の魔の手に脅かされていることを知りビックリしました。今や70年代の雰囲気が残っている日本で唯一の街です。
それは時代に関係なく、若者達が自分の足で『自由』を感じられる文化だと思うのです。
これ以上、日本人自身が日本の文化を壊さないよう、頑張りましょう!
■プロフィール
1955年11月16日、静岡生まれ、AB型。
23歳でスタジオの仕事を始めて以来、アレンジャー、ギタリスト、ヴォーカル、キーボード、シークエンス・プログラマ等として参加したレコーディングは数えきれない。また、ソロや AB'S 、Paradigm Shift 、Breath by Breath 等のバンドをしている。
Webサイト:http://www.paradigmshift.jp/
下北沢は、夢をもとめて全国から若者がやってくる日本のハリウッド。夢を追いかけ続けられる街。いつまでも若くいられる街。だから下北沢で会う大人はみんな若いなーと感じる。 シモキタは、なんといっても人と人の距離が近いのが魅力。渋谷は人が多いけど出会いがないし、新宿アルタ前だと、ちょっと人との距離が遠い。
シモキタは都会だけどおちつける場所。この街がなくなったら、なじめる街がなくなって困る。道路をいっぱいつくってどうするの?そんなに急いでどうするの?もっとゆっくりいけばいいじゃん。電車でくればどこでもいけるけど、車できてもどこにもいけない。そういうところがすごくイイ。
下北につくと、あー、帰ってきた、という気持ちになる。ホームタウンだぞー、みたいな。この街はこのままであってほしい。
■プロフィール
フリーアナウンサー&パーソナリティ、東京アナウンス学院お笑いタレント科講師。中学3年、ハガキ職人。高校2年、地元の放送局にて番組制作に参加。ローカル局のアナウンサーを経て、米・ロサンゼルス日本語放送局に勤務。アメリカ版「ゴジラ」日本語吹き替え担当。帰国して現在に至る。
毎週(火・土)夜9時〜時間の許す限り、下北沢南口「TSUTAYA前」にて「下北FM」を放送中(FM88.8MHz)
Webサイト:http://www3.point.ne.jp/~haco/sr/
下北沢を愛しています。
再開発を全く否定するつもりはありませんが、一部利権屋と商店街ボス、世田ヶ谷区官僚だけに下北沢の将来を「密室」で決めることに反対します。
“Save the 下北沢”の愛のある活動を全面的に支持します。
■プロフィール
株式会社ロフトプロジェクト代表
Webサイト:http://www.loft-prj.co.jp/OJISAN/
輸入盤規制問題で、「好きな音楽を自由に聴く」という、ごく当たり前の権利を貫こうとすると、政治の壁に真っ向からぶつからざるをえない、ということを改めて実感しました。文化は政治や経済の動向と決して無縁ではいられません。世界にもまれな文化の街・下北沢を、利権にまみれた政治の力が破壊しようとしています。いつまでもナイーヴなままでは、彼らのなすがままになってしまいます。立ち上がり、声をあげ、われわれのもっとも大切なものを守りましょう。
■プロフィール
著書に『音楽ライター養成講座』(音楽之友社)、編著に『NUSENSATIONS 日本のオルタナティヴ・ロック1978-1998)』 (ミュージックマガジン社),『The DIG presents Disc Guide Series UKNEW WAVE』(シンコーミュージック)、プロデュース作品に『FineTime 〜 A Tribute to New Wave』(キューン)などがある。
Webサイト:http://onojima.txt-nifty.com/
コンタクトというロックバンドのドラムを担当しています、シロタです。
下北沢駅前でのチラシで、この活動を知りました。
下北沢はライブハウスが沢山あり、アマチュア時代から憧れ、とうとう現在では下北沢に住み始めてしまっています。このとんでもない道路を造らせないように、自分ができる事をやりたいと強く思います。Save the 下北沢 のコンサート、とても興味があります。やっぱり自分が出来ることと言ったら演奏しかない。バンドは去年デビューしたばかりで、認知度もまだまだですが、コンサートという形で協力させて頂く機会があるならば、絶対に参加したいと思います。
8月に下北沢440のライブにでかけました。演奏したのは木下航志君。鹿児島に住む14歳のミュージシャン。盲目のハンディーを乗り越える彼の歌声に心を震わせ、同時に、下北沢の街の魅力にとりつかれました。眩暈(めまい)がするほどです。
小田急駅南口の階段をおりながら通りを見て、これこそ街だ、と叫びました。個々の店が街路にひらかれ、若者が道にすわり、自由に歩き、たちどまります。人であろうと店であろうと、「個」が「個」のままでなく、つながる可能性をもつ、このことこそ街の必須条件であり、そのつながりが蚕の繭(まゆ)のようになって、新しい生命 (音楽、食事 ・・・ それらにつながる、”哲学”を含む、あらゆるもの) を育てます。
私の故郷は人口4万の市です(瑞浪といいます)が、生まれ育った駅前の街路が広げられ、商店が立ち退いて郊外のように殺風景となり、故郷がなくなったと感じています。
一緒に下北沢を訪ねた学生からのメイルで ”Save the 下北沢” のサイトを知りました。行政の道路計画を見て唖然とします。この計画は下北沢を殺します。私の故郷と同じ運命をたどるべきではありません。少なくともメイルで”私たちの下北沢計画”に参加させていただきたいと思います。(私は、まちと車の関係を変える ”ソフトカー" というプロジェクトをすすめています。http://www.softcar.gr.jp。日建設計での 「自動車と都市づくりの革命」の講演記録 http://www1k.mesh.ne.jp/toshikei/ とあわせて、計画をお考えになる上で参考になればと思います。)
皆様のご活躍をお祈りします。
全く現代に不要な米国占領下当時の計画を、なぜ今になって持ち出すんじゃ。一対一で関われる、互いの顔の見える街をこれ以上無くさないで欲しい。
防災車両のためには、自家用車の乗り入れ制限、路上駐車の厳罰化(オランダでは罰金14万円!)などをまずやるべきであって、道のないところに道を作るのは間違っています。
現実的に巨大な利権が派生する大規模公共事業ですが、間違っているものは間違っている。
クルマ至上主義の交通政策、都市政策にNOを。
Webサイト:http://www.reset-n.org/
芝居をやっている身なので、下北沢の劇場には一通りお世話になりました。
その中でも一番好きな劇場が、今回の道路建設計画により移設・または取り壊しになってしまうのでは、と危惧しております。
15年間通いつめた喫茶店もあり、この居心地の良い街並みが変えられてしまうのは不安でなりません。何としてでも守らなくては、と思います。そして沢山の人の力で、大切な下北沢を助けられると信じています。
Webサイト:http://www.reset-n.org/
とにかく、勝手に変えるな!
■プロフィール
Webサイト:http://www.sokabekeiichi.com/
「sketch of shimokitazawa」:http://www.sokabekeiichi.com/shop/r0028_sos_new.html
今でも下北沢まで歩いて行ける距離に住んでいますし、関西から東京に出て来たばかりの20年以上前から下北沢の雀荘でマージャンしたり、LIVEハウスでLIVEも演ったり下北沢でSOULBARの経営に携わってDJをしたりしながらBAND活動をしていたりしてました。下北沢のクラブでイベントを毎週やっていましたし、大好きなレコード屋さんもあるし、町を散策するのも楽しくて忘れられない色々な出会いや思い出がたくさんある町です。その下北沢の町が故意に壊されてしまうなんて許せません!自然淘汰の掟は厳しいですが自分としては不条理な計画からしっかり愛する町を守るべき所は守りたいと思います。
下北沢周辺に住んでいるので、お店の人などに聞く機会もあるのですが、開発計画には潜在的な反対の声は少なくないようです。ただ、なかなか表に出にくい状態になっているのでしょうね。下北沢に「お客」として来ている人たちの声が高まってくれば、地元の潜在的な反対の声も出やすくなると思います。
いまの下北沢の街が私も好きですので、そうなることを願っています。
先日たまたま江戸東京たてもの園に行った。普通の農家や花やも文房具やも素晴らしい風情と匂いでうっとり。ま、震災や戦火でなくなった建物の話になると、話の筋はちと違うが、その中で行き残ってきた町も建物もがんがん壊してしまう始末のこの日本。
私は地方都市出身者だが、帰るたびに、どこかがさら地になってどんどん高層マンションがたっている。風情のある駅前の赤ちょうちん屋台も、見栄えが悪いから・・と、撤去され、どこにでもあるこざっぱりした地方都市風景。街はそこに住む人と歴史とを全部表してしまい、文化はつる所満載の風情で哀しい限りです。(ぼやき)
もし防災云々が理由であるのなら、その風情ある町並みの中で防災をどうするか?ってことに頭も金も使えばよろしのに!と、単純に思う次第です。
■プロフィール
'86年、財津和夫with原みどり「償いの日々」でデビュー。その後シンガー・ソングライターとしてソロ・アルバム3枚を発表。
'94年、河野伸、菊地成孔らとSPANK HAPPY結成。'98年脱退。
'00年、中村コメタローと共に結成した原緑/*come(ハラミドリスラッシュカムカム)でアルバム『ブルーズ彗星』を発表。
'03年、明治/大正の流行り唄を歌うユニット、原みどり&チャンチキズ結成。
'04年、笹野みちる、篠原りかと吉祥寺三姉妹を結成、ミニ・アルバム『mindforest』を発表。
'05年、原緑/*come改めDigital LOVE tabla(デジタルラブタブラ)のミニ・ライヴ盤『Digital LIVE tabla』を発表。
Webサイト:http://www013.upp.so-net.ne.jp/midorihaus/
私は「シモキタ」が好きで、このまちに事務所を持っているまちづくりプランナーです。この開発計画は、たいへん無謀な計画だと思います。
日本で一番自由な空気の流れるこの路地のまちは、日本の若者文化をはぐくむゆりかごのようなエリアです。まちづくりは、そのまちの特性を活かすことがとても大事なのに、この計画はそれをまったく考えず、「よくある、つまらないまち」に下北沢をしてしまおうとしています。
下北沢は、まぎれもなく世田谷区の「じまんのまち」であるのに、公共のまちづくりでそれを破壊しようというのが信じられません。(世田谷区はもっとレベルが高いと思っていました。がっかり。)商店街の方たちは、なんでこのまちに人が集まるのかよく考えていただきたいです。集まってきた客が逃げてしまうような計画を止めないといけません。防災上の問題ならば、もっと別な手段で安全性を高めることが可能だと思います。
「下北沢だから」という理由だけではありません。これから都市計画のあり方を考える一つのポイントだと思います。この計画は何十年も前の都市計画と何ら変わりないでしょう。山林を削ってニュータウンを作り、削った土砂を海に埋め立て人工島を作り、双方ともにゴーストタウン化する――――。こんなあやまちを繰り返してはなりません。「人」と「街」がどのようにして成り立っているのかということをないがしろにしてはなりません。
既存のものの良さを生かす都市再開発をしていかなければならない時代です。必然がないものに存在の理由はないです。
あと、都内での自家用車利用への課税と、公共交通機関の充実を期待しています。
一体誰が何の為に
下北沢よお前もか!
大賛同
何?下北の街が消えるって!!
じょうだんじゃないよ。
日本中いたる所で商店街が消えてゆく中、下北はぜったいに今のまま残ってほしい。オイラミュージシャンだ。
反対Concertやるなら手伝うぜ!!
少女時代、成徳学園に通った思いでの街です。
文化のある街下北沢の古き良きたたずまいをお守り下さい。
演芸のほうも、ぜひよろしくお願いします。
これ以上人間同士が関係し合わない街を増やしてどうする?
目先の便利さやこギレイさの為に無機的な街を増殖させてきた、その結果が今の日本ではないか。
雑多な商店が立ち並ぶ中をダラダラと歩ける、その幸福を知ろうやないの。次世代に残すべき街というものがどういう街なのか、この機会にみんなで考えよう!
■プロフィール
日本の雑種ロックンロールを代表するバンド、ソウル・フラワー・ユニオンのヴォーカル&ギター。在日関西人。宗教は阪神タイガース。80年代パンク・シーンを震撼させたニューエスト・モデルを経て、93年にソウル・フラワー・ユニオンを結成。また、95年の阪神大震災を機に、労働歌・民謡等を演奏する別動チンドン・ユニット、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの活動を開始し、02年5月東ティモール独記念式典イベントに参加、三度の大規模なフランス・ツアーの他、北朝鮮、韓国、ベトナム、フィリピン、香港、台湾、パレスチナ難民キャンプなどでもライヴを敢行している。
Webサイト:http://www.breast.co.jp/soulflower/
もちろん私には防災から考えた云ひ分はよくわかりません。でも日本人はあまりにも無残で容赦なく、東京のあちこちにまだ残っていた日本独特の魅力ある町々をすでに壊しています。
下北沢を銀座や渋谷、新宿のようにして“これで世界におとらない一流の町になった”などと云って喜ぶオヂさん達がたくさんいることを想像しただけで、ゲロがでます。
私の外人芸術家たち友達は、下北沢の魅力には取りつかれています。こわさないで、このザワザワ下北沢を、なんとかそのままに残しておいてください。