※寄せられた順、敬称略
現在、事務のアルバイトをしながら写真学校に通っている25歳の女です。
私の住んでいるところは戦後に祖父が新潟から移り住んできて近所の人もその頃からずっと住んでいる人ばかりでした。だけど、最近になって高層マンションの建設ラッシュに伴って知っている人がどんどんいなくなり、私が小さかった頃の町の面影すらも殆どなくなってしまいました。
目先の利益だけを見て今息づいている物をむやみに壊してしまう今の風潮が私は悲しくてたまりません。下北沢が私の住んでいる町みたいな事にはしたくないです。
署名のほかにも何か何か具体的に出来る事があれば
お手伝いさせていただけないでしょうか?
はじめまして。
昨日のSOS弾き語りの夕べに参加させて貰ったものです。
色々考えてみて、自分の中で思ったことがあったのでメールしてみます。
ちょっと目を通していただくだけで結構です。たいしたこと書いてないので・・・
私自身は千葉に住んでいるので、ライブ以外の用事であまり下北に行くことがなく、素敵な街だなあとは思うけれど、そこまで思い入れとしてはないのが実際のところです。
昨日も、好きなアーティストが出るから、という理由で足を運びました。実際、多くの人がそうだったと思います。
海北くんが言っていたように、下北開発に反対の人がこうやって行動を起こしている。
ただ、それは全ての人ではなく、その開発がありがたい人も少なくはないんですよね。
私はもちろん、この運動を応援したいと思います。
しかし、もしそれでもどうにもならなかったとき、このままではきっと今こうしてSOSに「好きなアーティストが出るイベント」として参加しているわたしたちは素敵な街だった下北沢のことを忘れてしまうでしょう。
11・17に渋谷で峯田くんを見たなあとか向井さんを見たなあとかそれだけの思い出に留まってしまうと思います。
人気のあるアーティストがこうして集まってくれることによってたくさんの人にSTSKのことはSOSのことを知ってもらえることは素晴らしい。
そしてもう1歩、何よりも大切なのは、もし道路が出来ても出来なくても今のこの素晴らしい下北沢を皆が忘れないようにすることじゃないでしょうか。
署名運動や、広告も大切ですが、今下北沢がどれだけ素敵なところなのかそれをもっともっと皆の脳裏に焼き付ける事が必要ではないでしょうか。
そうすればきっと、もし下北が高層ビルや巨大道路の下に消えてしまっても下北沢はずっとずっと素敵な場所であり続けるところなのだと思います。
まとまらないですね・・・
長文失礼しました!これからの活動応援しております!
下北沢を壊さないでほしい。
安心して歩けるいつもの下北で良いと思う。
反対住民がいるのに押し進めるは役人のエゴではないか?
下北大好きです。
小さい頃から良く下北に行っていて、下北で出会ったものや、影響されたものが多くあり、また、それが今進路を決める材料になっているほどです。
きっとこういう人はいっぱい居ると思います。
SOSのトモフスキーさんの歌にもありますが、街が変化することはかまわない、ただ、街の魅力が失われるようなことだけはあってはならないと思います。
これからも頑張って下さい。
僕にとって、初めて見つけた居心地の良いところです。
新宿や渋谷などには感じなかった何かが、下北沢にはあります。
石原都知事は好きです。でも、この計画だけは勘弁してほしい。
「下北沢」が無くなるわけじゃないけど、この計画が実行されれば「下北沢らしさ」が無くなります。
大きな道が出来れば、車の騒音がシモキタらしさを奪います。
今、行政は再開発をいろいろなところで行っています。
何でも綺麗にすればいいというものじゃない。
何でも整備すればいいというものじゃない。
味の出た街並みを、真新しいコンクリートで横断しないでください。
お願いです、小さな路地を散策して自分の好きな店を見つける喜び。
奪わないでください。
下北沢に住んで、もう9年になります。
たまたま縁あって住み始めたわけですが、住めば住むほど、この街の魅力が身に染み付いて、多分東京にいる限り、引越ししても下北徒歩圏内以外は考えられないです。道は狭いし、踏み切りは開かずの踏み切りだけど、そんなに不便を感じることはないのでは??むしろ、このごっちゃり感があったかい雰囲気を出していて、みんな集まってくるのではないかと思います。
この昭和の匂いがいっぱい残った下北沢を、このままの形でずっと存続して欲しいと思います。何かお手伝いができることがあったら教えてください。
この8月に15年間離れていた下北沢に戻ってきました。生まれ育った下北沢が住民にとって住み良く、誇れる地域となることを心から願っています。これまで大手建設コンサルタント会社に勤務していたのですが、昨年、退社して個人事業としてコンサルタント業務をしています。作ることを目的とした公共事業を多く目にし、手がけてきたこともあり(こうした点も嫌気がさして退社した理由のひとつなのですが・・・)、今回のことは興味深く注目しています。欧米型の、住民参加による、真のPIが進められ、誰もが笑顔になれる街づくりを期待しています。
はじめまして。少し前にこのサイトで署名しました。
この計画はただ一部の人達の利益のためのものと想像してしまいます。絶対に反対です。安心して歩ける街、そして住みたい街ランクの上位に支持される下北沢を守ってほしいです。
さて、偶然に見たある番組がとても印象に残ったの少し書きます。イギリスとドイツにできたトラム(路面電車)と街づくりについての内容でした。多くの人に利用してもらうために大型の駐車場を作り(車の人はお乗り換え)、また歩行者の安全に配慮した道幅を作り、トラム商店街を通る時は低速運行、などなど。結果として、若者から高齢者、障害者まで多くの人が利用しています。ずっと街に出かける人が多くなったのです。(ちなみに中心になった人は大学の先生でした)
個人の車の利用を押さえて環境に配慮する、電車の車高を低くして危険性を極力排除するなど、日本の状況と比較してしまいました。実家のある小金井市は駅前開発でもめにもめています。駅前ビル建設、活性化の言葉だけで街がよくなると思っている人達はゼロから考え直してほしいものです。
最後に、仙台に住む親友から聞いた話ですが、仙台市内の主な道路は全部バリアフリーになっているそうですよ。
下北沢は近いのでよく行くお気に入りの町です。最近このサイトを友人に教えてもらって、来てびっくり。まさか道路補助54号線なんてものが計画されてるなんて、非常に驚きました。
私のような高校生でも参加できるようなことがあったら是非参加してみたいです。受験勉強で忙しいのですが、大好きな下北沢の危機を放っておくわけにはいきません。
どうかよろしくお願いします。
「シモキタ」その響きだけで胸がときめく。下北ほど独自の文化を持った街なんてどこにもない。ごみごみしてるんだけど、なぜだか心安らぐ。ゆっくりだらだら歩いていい。私は新潟出身で完全な田舎者だ。そんな田舎者にも下北は優しい。新宿とか渋谷のようにがさついたモノがなくて、人情味あふれてる。音楽が好きな人間にとって、下北は絶対に必要だ。たくさんのライブハウスがある。ミュージシャンを育てる包容力もある。何より、多くのミュージシャンに愛されている。ミュージシャンだけでなく下北を愛する人がたくさんいる。私は方南町在住だが、いつもライブを観にいく下北が変わってしまったら嫌だ。
最後に下北の朝は本当にきれいだと思う。
本日初めて下北沢に行き、独特の雰囲気に魅了されました。
行政の計画は都内での自動車使用を推奨するものであり、先日採択された京都議定書にも反しているものだと思います。
私も下北沢の開発計画に反対です。活動頑張ってください。
去年、福岡から大好きなバンドを見に、下北沢に行きました。
福岡も音楽が盛んだけど、下北沢ほど素直に楽しい場所はありませんでした。
そして今年私は大学受験をします。そしてもし上手く受かったら、下北沢に住むという、夢も持っています。
だから、数えるほどしか行っていないけれど、あの大好きな下北沢の風景を守ることができるなら、お手伝いさせていただけないでしょうか?よろしくお願いします。
演劇の街下北沢を壊さないで欲しい。
私も舞台等に出演していた経験があるから、下北沢には特に思い入れがあるんです。
高校生の頃、ファッションデザイナーに憧れて下北沢を奇抜なファッションでしょっちゅう歩いてました。下北沢はみんなの夢のある街なんです。
壊さないで下さい。
東京出身の京都在住です。
下北沢は大好きな街と同時に憧れの街です。
京都からですが、なにかできることはありませんか。
下北にどこにでもある街にはなってほしくないのです。
学生時代に好きだった下北沢。
社会に出ても、何度も機会を見つけてぶらっと寄った下北沢。
下北沢が好きな人は、人生を通してずっとこの街と付きあう事になるでしょう。
もし計画が強行されて「小綺麗なだけの町」になったら、下北沢が好きであった人達は、その新・下北沢との付きあいをやめるのではないか?
行政は下北沢をより良い街にして活気づけたいのではないのか?
人の足が途絶え、タダ単に住むのに快適なだけの、つまらない町にしたいのか?
国民、住民、利用者の利便を考えず、ただ行政&業者の犠牲にするには非常に勿体無い街であることすら、わからないのか?なさけない。
下北沢は父の店もあり思い出深く今でもよく歩く街です。
このガサガサした個性はお金でつくれるものではありません。
長い歴史を経て自然に人々の手でつくられたもののはずです。
これ以上無駄な金を使い、個性の無い街を建設することのどこに
有用性があるのでしょうか。断固反対します。
下北沢にしかない下北沢らしい下北沢が好き。
典型的郊外出身 → 元下北沢住民です。
下北のユニオンで、曽我部さんのCDプロモ絡みでこの運動を知りました。
元住民という個人的思い入れもありますが、それ以上に、街の在り方・都市の在り方を考えた場合に、下北沢や自由が丘のような、諸要素が時間をかけて堆積してきた重層的な街のモデルが、画一的で単純で雑駁な(ゆえに失敗の側面が多い)従来型の開発計画モデルに潰されるのは、日本中でそうした「郊外化」が急進展する中、文化的にあまりに損失が大きいと考えています(くるりの岸田さんもご指摘されているように)。寧ろ、それ以上に頭を使って、既存の良さを活かした、新たな計画の方向性を作り出していくべきではないか…と思っています。
私にとって、下北沢は10代と20代の青春の絶頂期を過ごした場所であり、今でも毎週日曜日コーヒーを飲みに通う街なのです。結婚前から通っているカフェがあり、結婚した今も夫婦で毎週行っています。どの時代も人生の中に必ず登場する街なのでとても大切に思っています。
どこまでも続くような長い坂道や踏み切りの音、どこにもないこの街並みを変えてしまうのはあまりにも悲しすぎると思いました。東京に渋谷とも新宿とも違うこういう街がひとつくらいあったっていいじゃないですか。
涙出てくる。
はじめまして。ホームページ拝見しました。
私も三ヶ月前に下北沢の街に憧れを抱き、この地にやってきました。たった三ヶ月、と思われるかもれませんが、下北沢の街を愛する気持ちは誰にも負けないつもりです。アルバイトの関係上、活動に参加出来る時間は限られてしまうし、みなさんに迷惑をかけてしまうかもしれません。でも第二の故郷とも思える下北沢の街を、行政の独断だけで変えられてしまうのを黙って見ている事は出来ません。
自分がここで何もしなかったら、もし再開発が決定し、下北沢の街が壊されていったら、一生後悔してしまうような気がします。特に何の才能もありませんが、少しでもみなさんの力になり、下北沢のためになれば、と思い参加を決意しました。
この春に上京したばかりの大学生です。
下北沢へは何度か足を運び、街の写真を撮ったり、美味しい店を探したりしています。なんというか、カテゴライズされてない街で、面白いことはなんでもあってそれが溢れて、人が本当に楽しそうに歩いてますし、田舎から出てきた身としては、都会ながら好きになれた初めての街です。
まだ、計画や対する反対意見には全部目を通せてはいない状況なのですが、非常に興味を持っています。
良い街は良い街のままで残していってもらいたい、という気持ちは強いんです。地元(秋田なんですが)の街は、郊外に大きな道路が通ったとたん、巨大店舗が立ち並んで、商店街が廃れていってしまいました。
モノは凄く多くなって便利にはなったんですけれども、実際に暮らしている街があんなふうになるというのは、嬉しいことじゃないです。だんだんと、若い人で新しい店を出したりもしていて、寂れてくだけじゃない、という感じもあるんですけどね。
まだまだ、学生の身分ですし、何が出来る、というわけではないんですが、力になれることがありましたらやっていこうと考えています。頑張りますので、頑張ってください。
街を愛することは、人を愛することに通じるのではないでしょうか。
好きな街=好きな人がいる街
ずっと住みたい街=ずっと一緒に居たい人がいる街
来るとホットする街=逢うとホットする人がいる街
守りたい街=守りたい人がいる街
思い出のある街=思い出になる人が好きだった街・・・
街を愛し、人を愛する・・・「一過性ではない」ことが共に重要だと想います。
大森さんが好きだった街=下北沢を守ろう!
※ブルーレターは大森信和さんのファンによる追悼イベントを予定しています。詳細はホームページをご参照ください。
http://www.remember335.com/index.htm
21日のイベントでもスタッフ登録の紙に電話番号書きました。
道路の事はひどい計画だけど、このことでたくさんのシモキタを愛する人たちが立ち上がって団結しているパワーに感動!私も何かするぞ!
下北沢という街は、迷ってなんぼの街だと思います。
ゆらゆらと歩いているうちにどこを歩いているのかよくわからなくなって、そこに思いかけずおもしろい店を発見したりする、そんなところだと思っています。
今の下北沢は、「ひと」と「歩くこと」を中心に据えた街で、そこが魅力だと思います。そこに大きな道路と高層ビルというものを持ち込んでしまうのは、下北沢の魅力を大きく損なってしまうことにほかならないのではないでしょうか。
下北は私にいろんな事を教えてくれました。なんだかあったかい感じがする街。そんな下北が渋谷とか新宿みたうになってしまうのは絶対に嫌です!!
ライブ等をみに、ちょくちょく下北には行ってますが、うかつにも余りよく知りませんでした。
もちろん世の中にはいろんな事情があるのだろうし、災害時なんてことを言われるとひるんでしまう気もするが、それでも地元も、そして地元でない人々もこれだけ愛している下北をこれだけのお金をかけて強引に変えるだけのメリットがどれほどあるのだろうと率直に疑問。
もうちょっと勉強し、自分にできることはしたいなと思いました。
実は下北には数回しか行ったことないのですが、ずっと憧れでした。今も。変わってしまうなんてイヤです。きっともっと何か方法があるはずなんです。無責任にもそう思っています。応援しています。
私のブログの中で紹介させて頂きました。微力ながら、少しでもお力添えになれば、と。
http://pond.blog1.petitmall.jp/blog-entry-66.html
大好きな愛すべき町下北沢。学生の頃は毎週のように行ってました。
古着屋、古本屋、レコード屋、雑貨屋、飲み屋、ラーメン屋、クラブ。
私にとって青春のすべてがある町です。そして、これからもずっとあるだろうと思ってました。
大学を卒業して働きはじめてから、ちょっと足が遠のき、たまに訪れると少しずつ変わっている風景に寂しさを感じていました。でもまさか本当にこんな計画で町の姿が損なわれようとしているなんて!!
絶対に守りたいです。
10年前に世田谷演劇祭に参加したのがきっかけで下北沢と出逢いました。
先日駅前でチラシをもらい、道路敷設の計画を知り、激しく憤ってます。どうして放っておいてくれないんだ?訪れる人や住んでいる人が居心地よく思っているものを何故破壊しようとするんだ?・・・様々な街を均質化していくことになんの魅力があるのだろう。
いつだってカメラを向けたくなるようなエネルギーあふるる街のままであって欲しいと願い、賛同しました。
私はこの春、東京に来ました。
高校生になった時、好きなアーティストの関係で下北沢を知りました。
そして一浪までして、早4年がたち、やっと東京に来ました。
1年に1度は下北沢に来ていましたが長時間歩いて回ることはできませんでした。
でもこれからは、いつだって下北沢に行ける!そう思っていた私にはSWITCHの記事はすごくショックでした。どなたかも書いていましたが、私はこれからこの町と仲良くなれたらと思っていたので、それは本当にショックでした。
そして私は日ごろ、政治のあり方についても疑問を抱いていました。私はデザイナーを志していた事もあって、すべてはデザインという考えがあって成り立つものだと思っています。「再開発」といえば確かに聞こえは良いけれど、結果何をしたいかというのが、あまりに「お国」の都合でしかありません。その町なりのコンセプトがあって、それから再開発という言葉が出てくるのではないかと思うのです。人々が想像する未来、あってほしい姿、それを目標に動くべきだと。
私は下北沢ともっと関わって行きたい。それからこの開発の問題をきっかけに、日本全体の自治体が、人々が動いてくれたらとも思います。だからこの運動を応援します。
東京に出てきてすぐ、初めて下北に連れて行ってもらったときのことを忘れられません。街全体が静かにいらっしゃいって言ってるような。店が、探してほしがってるような感じ。すぐにバイト先を下北に決めていつか絶対下北に住む!!!って決意したのに。石原さん、あたしの住みたい下北を壊さないでください!下北を開発して喜ぶ人なんて、絶対にいませんよ。
save the 下北沢、マジで負けたくないですね!!
流れている時間、それによって関係しあって、様々な過程を経て物事はできていくということを考えられない行政。人がいる「町」を経て、人が行く「街」となる。
それが分からないのは、頭の次元が低いからだ。
まだ間に合うのなら、ここで人間を証明してほしい。
ここが変われば、日本も変わる。そんな気がする。
今日でも日本を芸者の闊歩する国と思っている欧米の人達は確かにいます。
しかし、それは視点を変えれば大変光栄な事でしょう。独自のアイデンティティー、などと難しい言葉を使うまでもなく個性を守る国として認識されてきたのですから。下北沢にも同様の素敵な個性の空気が漂う、雑多でいて不快でない、そういう雰囲気が「シモキタ」という地名を超えた文化の単語を産み出した筈です。
なのに、今まさにその紡がれてゆくべき伝統を押しのけ、踏み潰そうとする。物理的に留まらず、人の心にまで削岩機を下ろそうとする、この行為を、行政の決定を改めて蔑します。 そして今も戦い続けるこの運動を応援致します。
SWITCHを読んでこの計画を知りました。
私の住んでいる街である府中の駅前も再開発が進み、ずっと親しんできた商店街が消え、あとには大型複合商業施設ができあがってしまいました。そのまわりの道路拡張に伴い、駅前の町並みはがらりと姿を変えました。
最近同じ傾向にある町は日本中にあります。確かに便利にはなっていてそれを望む人、それによって利益を得る人がたくさんいるので、多くの街にとってこれは止められない流れだと思います。
でも下北沢はそうなるべき場所ではありません。私の街がそうなったように確かに便利だけど、つまんない。街にはなってはならないと思います。
この活動に賛同します。協力できることがあればやります。
LOFTのHPでこの活動を知りました。
私も下北が大好きで10年前に念願の店を一番街にOPENしました。 大好きな下北沢が変わってしまうのは我慢がなりません!
ほぼ1人で店をしている為 会合等への参加は出来ませんが 微力ながら店頭での署名活動と言うかたちでお手伝いさせて頂きたいと思います。
宜しくお願い致します。
下北沢。俺は音楽をしています。ライブハウスに行くだけでなく何気なく下北沢という街に行く。知人からこの話を聞かされて「まさか」と思った。俺が感じる下北沢という街の素晴らしいところ。渋谷や新宿、池袋など、いわゆる若者の集まる街がある。それらの街の多くは巨大な幾何学的な建物の中に店があり、まるで積み木で出来た街のようだ。でも下北沢は違う。一つ一つの店は小さく雑多であるけれども、その一つ一つが独立し、そして店同士、人同士が共存しようとする街の意志のようなものが下北沢という街にはあるということ。そんな下北沢という街をなくしたくない。下北沢という街はそれひとつで文化だ。文化は壊してしまったらそれを取り戻そうと思ったとき、生半可な努力では取り戻せないことは歴史が証明している。数字がはじき出す利益よりも、そこで生活し、その土地を愛している人間の声を大切にして欲しい。政治とは人を幸福にするためのもの。道路を作ることで計り知れない何かを僕たちは失ってしまう。その失ってはならないものを、僕は守りたい。
演劇の勉強をしたくて下北沢に引越しし、はや9年。東京に出てきて11年ですから、ほとんど下北沢に私の東京生活がつまっています。今はバンドをしています。バンドのHPがあるので、そこにリンクさせていただきました。
よく迷路だといわれるこの下北沢。入り組んだ街並み。実家に帰り、またこの下北に帰るとホッとする。そう、ホッとするんです。この入り組んだ街並みが。それを26mもの道路を作るなんて・・・。駅も地下になってしまうと聞きました。それは止められないみたいですが。26m道路だけでも、意地でも避けさせたい!下北が下北じゃなくなる・・・。
便利な世の中です。人は便利を求めています。時代の変化、そういわれれば仕方のないことかもしれませんが、なくしちゃいけないものもある。
ホッとする場所はなくしちゃいけない。下北は大事な大事なホッとする場所なんです。
活動頑張ってください!!!
なにかお手伝いできることがありましたら、させていただきたいと思います!!!
上京して早6年。最初に遊びに行った街が下北沢でした。
人も街もあったかくて、都会になれなかった私には安心できる場所で。
行政がやろうとしていること、絶対反対です。
今の下北沢を守りたい!!!!
高校の時から買い物はいつも下北。下北はファッションも音楽もなんでもあって、それでいて流行りに流されていない感じが大好きでした。店がこまこまあるのがおもしろくて、行けば行くほどハマる街だと思います。 あの中に道路がある図なんてまったく想像できません。 似合わないです。
いつか下北に住もうと思っていたのに、そんなことされたら困ります。
道路作るなら他でやってくれ!と言いたいです。
3/12、音楽堂であったコンサートでこの事を初めて知りました。
ビックリです!もともと全く縁の無かった場所ですが、ここ数年何かと下北沢とゆう街に来る用事があり、すっかり気に入ってしまった私は一年半前、引っ越してきてしまいました。。徒歩圏内に在住の為、下北のスーパーで買い物をし、セロリが飛び出した買い物袋をさげて帰る有様。今では無くてはならない生活の場です!!学生時代の大半を葛飾区の下町で過ごした私は、この街を懐かしくも感じるのです。
下町だか都会だか良く分からない、生活と遊び、こんな素敵なモノが融合した街を無くしてはいけない!!!
私は今まで数回しか下北沢にいったことがありません。
でも初めて行った時に街の空気、建物のちょっと古ぼけた感じ全体的にこじんまりした雰囲気、そこにいる人たち・・・大好きになりました。
私の地元も近くに大きな道路ができその時には地元住民で反対運動をしていました。
みんな「道路なんかいらない」と叫んでいました。結局道路はできてしまいましたが車はほとんど通っていません。道路は誰の為に作るのですか? そこにいる人たちはいらないと言ってるものをどうして作るのですか?
もちろん、政治家の方たちのおかげで楽になったことやありがたいと思うこともあります。 でもこんないい街を潰してまでこの道路を作らなければいけないのか疑問であり、私は断固反対します。
『音楽は世界を変えられるか?』のイベントに参加してこのニュースを知り、ビックリ仰天しています。
石原慎太郎になってからの行政は本当に頭にきています。
立川や葛飾でのビラ撒き逮捕、WPNでの逮捕、反戦落書き逮捕、不起立教師の処分などは耳にしていましたが、私たちの文化的支えの町のひとつである下北沢の景観が壊され、大型道路を作るなんて絶対許せません。
出来る限り協力します。
3/1付ブルータスで下北沢の危機を知りました。
私は学生時代(96年〜)、大学が近かったこと、住んでいたところが吉祥寺であったことから、下北沢でよく降りて遊んでました。あの雑多な感覚・普段着感覚の街が、18の頃の僕らにとてもフィットして、居心地の良さを感じたものです。
ここ何年間、下北沢へは行っていませんが、いつでもあの頃の姿を残していて欲しい。そういう思いから、参加させていただきます。
はじめまして。
私は駅前の某コーヒーショップで店長をしています。
下北沢が好きで、アルバイトでこのお店に入り
お客様がくつろいでいる様子や駅前の賑わいを見るのを楽しみながら働いているうちに
いわゆる雇われ店長ではありますが、お店を任されるようになりました。
もともと音楽が好きで下北沢に通っていて、中学生の頃はギターを習いに来ていました。教室に行くとスタジオから出てきた革ジャンのおニイちゃんに「ギターやってんのか、今度ライブみにこいよ」なんて声をかけられたり。気さくでカッコいい大人がいっぱいいるこの街にどんどん惹かれていきました。今でも音楽と仕事を通じて、毎日の刺激と安らぎを楽しんでいます。
この計画について、商店街のチラシなどで存じてはおりましたが、年月をかけ熟してきたこの街の雰囲気・魅力があまりにも大きく失われる可能性のある計画には、私個人としては反対です。
また、当店には年配のお客様が時間帯を問わず多数来店され、中には車椅子や杖の必要な方もいらっしゃいます。車の交通量が増えれば、そういった方々の通行が容易ではなくなる可能性もあり、大変心配です。
下北沢に集まってくるアートや自由や音楽を愛する若い人々が、少しでも行動し、街の魅力を維持し向上させる力になってくれれば、とても素晴らしいことだと思います。
かけがえのないものが大きな力に流されないように、
微力ながら応援しております。
私はまだ、下北沢をよく知りません。
私の好きな人たちが愛した町が、
自分が知ることなく崩れていくなんて嫌です。
まだまだ知りたい。
もっともっと馴染みたい。
沢山の人と繋がっていける暖かい町だと思うから。
同じ思いの人のためにも、
好きな人たちのためにも、
私も何か、したいです。
流行の先端と時が止まったような空間が混在している雰囲気。車を気にしないでそぞろ歩きができる下北沢がとても好きです。すぐそこは新宿、渋谷なのにまだまだ人と人とのつながりのあたたかさが感じられる街は東京の中で貴重な存在だと思います。便利さを追い求めるあまり、こんな素敵な街が潰されてしまうのは、とても悲しいです。微力ながら何かお手伝いできることがあれば、ぜひ協力したいです。
私も下北を愛するものの一人として、この酷い都市計画に反対します!!
かつては大好きな祖母らがこの街に住んでいました。私も母も下北の祖母らの家に通うのを楽しみにしていました。今でも下北が大好きです。
下北沢は他の街とは違い、安心感があります。混雑も少なく落ち着いて、またどこか懐かしい雰囲気がそこにあります。
雑貨も服屋も食べ物屋も、すべてがそこにそろっていて、かつ行きかう人はみんなせかせかしていなく、とにかくいい街です。
この街を消し去ってしまうなんて・・私は、下北を守るために全力をつくします!!
・下北沢は東京の中でも稀有な魅力を築き上げた街だと思います。魅力あるがゆえに、現地住民のみならず、他の多くの利用者に反響を呼んでいるのでしょう。だから何もするな、とは言えませんが、その魅力を大切にする多くの人びとの思いを十分踏まえた上での計画が成されるべきだと思います。
・先日、この運動に関わる一人に紹介され、その場で署名もしましたが、署名だけでどうにかなる問題ではないと思います。都市計画をめぐる行政訴訟は概して国民にとって非情なもの。単に共感を呼んで、なんとなくまとまって不平不満を交わすだけの運動に終わらせず、現実に何らかの変化・効果を及ぼすような具体的成果を期待します。自分ももう少しいろいろ勉強してみようと思いますが、何か具体的にできそうなことがあれば、メルマガを通じてでも、呼びかけていただければ幸いです。
去年の夏に下北沢近辺に越してきた者です。それまで下北沢には足を運んだことは無かったのですが、引越し後初めて訪れてみたら、もうその魅力にとりつかれてしまいました。
補助54号線のコトはテレビ番組の紹介で知りました。世田谷区の細かい事情と、補助54号線を作るコトによって生まれる利益(区にとっても民間の人にとっても)がどの程度のものなのか私にはサッパリ分かりませんが、この計画によって今の下北の魅力が根底から破壊されるコトは容易に理解できました。
私もSTSKの皆様の考えに賛同します。なにぶん学生の身分なので、具体的な協力をさせていただくのは少し難しいかも知れませんが、私一人の登録によってほんの少しだけでも力になれたらと思い参加させていただいた次第です。
具体的に何が出来るのか、何をしたら良いのかはまだわかりませんが、大好きな街であり、大切な居場所でもある下北を守りたいです。
上京して3年、ずっと下北を歩いてます。
朝からカフェでお茶をして、バイト先では常連さんが絶えなくて、同じ夢を見て、応援し合える人達であふれてる、このあたたかい街が私の生活の場です。
私も何か、出来ることがしたいです。
同居人が管理人をしているサイトの掲示板での書き込みで今回の件を知りました。
私は足立区の北千住で生まれ、都内のあちこちの街で、音楽や映画や芝居など、今の自分を培ってくれた全てのものに触れました。街の景色もまたしかりです。
下北沢は中でも忘れがたい街であり、縁あって2000年の下北演劇祭にも参加するなど、つかず離れず私の中にある大切な場所です。
ことは下北沢だけにとどまりません。東京をこれ以上つまらない場所にしないためにも、できることから始めたいと思います。
初めまして、こんにちは!ニュースで知ってて、気にはなっていたのですが、この様なHPがあると知って早速書きこみをさせていただきます。
父が演劇関係の仕事をしていたので、子供の頃から下北の劇場には通いまくっておりました。学生時代にはそれにプラスして買い物、社会人になってからはプラスしてライブ…と、生活、仕事に欠かせない街となっております。
…違う。そんなキレイ事じゃない。確かに必要な街だけど、私は単にこの街が好きなんだーーー!!!あの雑多感、芝居の街、そして音楽の街。先人達が築き、守ってきた下北沢を、我々が守っていきましょう!!!
代田に住んで8年になります。その間、下北沢でいろんな出会いや人間模様を見てきました。駅前の時計台に腰をおろしているとご近所のお年寄りに声をかけられ、何十年前の下北の様子を聞かせて頂いたり。。。
70年代位の男性が20代のタトゥだらけの男性からたばこの火を借りていたり。。。下北駅近くの小さな商店の店長さんにうちのペットのご飯をプレゼントされたり。。。本屋さんの外に置いてあるワゴンが急に走り出してしまい、見知らぬ人同士で散らばった本を拾って笑いあったり。。。そういった小さなふれあいとか世代を超えて街の中で自然にふれあえるのには、単にそこにいた人たちの心のもち方だけではなくて、下北が好きで集まった一体感とか、街の雰囲気も含まれてるのかなって思ってます。都市開発して交通の便も良くなって、新しいお店も出来て街がきれいになって。。。悪いことではないかもしれないけど、そんな街はたくさんあるのでは?下北には他の街にはない何かがあるのでは?それを壊してしまうのは本当にいいこと?頭の中にたくさんの?が浮かぶし、なにより。。。なんだろうとても大切な人を失ってしまうようでとっても寂しいです。この8年間、私を守ってくれたこの街をこのまま残したい。次の世代にも見てもらいたい気持ちでいっぱいです。
ながながと乱文を失礼致しました。
たまにしか行かないのですが、私は下北沢が大好きです。東京の中で一番好きな街といっても過言ではないです。下北沢で路上ライブしていた人が好きで行くようになったのですが、下北沢は、歩いていて楽しい街ですよね。ライブハウスとかいろいろあるし、おしゃれなカフェもいっぱいあるし、私にとっては憧れの街なんです。そんな街が変ってしまうのはいやです!
何かできることがあったら協力したいです。下北沢を守ってください。
人々が築きあげた独自の文化を持つ街を残したいです。
都市計画って誰の為のものなのでしょうね。
私は下北に住んでいたわけでもなく、知り合いを訪れるときに何度か、足を踏み入れたことがある程度ですが、自分にとってとても落ち着く、居心地のよいと思える町のひとつです。あの雰囲気は作ろうと思って作れるものではないですよね。森林などの自然環境と同様に時間をかけてゆっくりとあるべき様に成長したものだと思っています。そのような貴重な文化財産を画一的な様相に変えることは非常に残念でなりません。下北を守るため、できる限りお手伝いしたいと思います。よろしくお願いします。
道路計画のことは以前から知っておりましたが、今回ポストのチラシを拝見し生まれ育った町が変わってしまうという現実を目の当たりにしました。学生の頃から通いつめたLIVE HOUSEや腰を曲げて売っているおばあちゃんの漬物、他にも数え切れないくらいの沢山の魅力があり、未だに発見しきれない事も沢山あります。
どうかずっと変わらず来る人を温かく見守れるような町であってほしい!